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2017年 10月 05日
ハイ、芝居は終わったよ
あーー暇だと書いていたら、風邪を引いてしまっていた。
左程高い熱ではないのだが、軽い熱と喉のはれ、そして咳が止まらない。
もう一週間になるのだろうか。今回はどこか長い。
風邪をうつしてはいけないのでホームの母にデザートを持っていけない。

冷蔵庫の食べ物も無くなってきて、脳梗塞と糖尿の薬もなくなってきた。
大事なビールが切れた。買い置きしても缶ビールはすぐまずくなる。
主食の豆腐も切れた。
今あるのは、インスタントラーメン、チンするごはん、切り餅、揖保乃糸
乾蕎麦。これらは糖質ばっかりで、いつもはほとんど食べない。
納豆、卵、蒲鉾、茗荷、焼きのり、鰹節、6Pチーズ、バター、
数本のウイスキー。

まあそのうち風邪も治るだろうし、
そうなったら母に白桃の瓶詰を買って持っていかねば、まっているだろう。

これから数年経てばこんな買い物すらままならない日々が日常化するのだろうか。
これらも無くなって初めてわかると言う事なのか。
実は二、三年前の何でもない家族三人の普通の穏やかな生活は実はもう取り返しの
出来ない夢のような日々であったという事だった。

ハイ、芝居は終わったよ_a0126690_12115927.jpg


# by eichi_wata | 2017-10-05 09:30
2017年 08月 31日
目下の話
25日締め切り31日撮影という展覧会の依頼の絵を
一応下左側の作品描いていたのだが、どうも出来上がって見ると
いまいち気持ちが入りこまず絵も穏やかになってしまった。
そこで途中までの下右の作品を引っ張りだしては加筆している状況
なんだが、ただパンツ絵なのでどうなんだろうか?
僕が決める事なんだが。
出来としては右のほうが僕らしいなと思いながら描いている。
でもどっち出そうかな?正直言えば右を出したいんだが、
図録を作るというのでパンツ姿ではちょっと躊躇してしまう。
結局左を出してしまうかも知れないな。気が弱いんだ。

そうしたら、昨日、右のアバウトの骸骨少年と少女の絵をみたいという
物好きな御仁がおって画廊を通して見せてくれないかとの依頼を受けたのだが、
これは未完で、大体十日辺りまで描いて見せてくれないかとの話で
良いですよと受けてしまった。

何気なく今年は正月から依頼が途切れることなく続いている。
目下の話_a0126690_15222512.jpg



# by eichi_wata | 2017-08-31 09:40
2017年 08月 11日
もう八月の十一日になってしまった。
日々変化もなく、特に書くことも無いのだが、
ただ時間ばかり過ぎてしまう。
今月締め切りの絵はまだできていない。

ボルヘスの講演集の中から<仏教>を読んでいる。
自分の頭なのか、訳なのか内容なのか反芻しているのだが所々
意味がつかめない。

珍しく昔の銅版画の作品の出品することになりました。
昔、1970年から日動画廊で版画グランプリ展というコンクールが
ありまして、もうなくなってしまったのだが、何年続いたのだろうか?
二十年あまりは続いたのかな?

その展覧会の出品者に当時の作品と現在の作品とを持ち寄って
展覧会を開いたらどうかしらと、中林忠良先生が画廊に声を掛
けられて実現したとの事です。
僕はもう現在は版画作品を作っていないので、最後の頃の作品を
出すことにしました。

恥ずかしいような、誇りたいような、
こんなのしか作れなかった自分に後悔しているような、
まあそんなもんだよ日本でビュラン作家になるという事はと、
先生の野間傳治に励ましてもらっていた30年前の作品です。

このコンクールから47年。
あっという間でもあったし、ずいぶん長かったとも言える。

今はもうなかば痴呆世界で絵以前に日々何をやれば良いのかも
あいまいな状態なのだが、過去の作品を懐かしく思うことでしか
自分を確認できないのは時のもつ残酷さというものであろうか、

まあ、相対的に言えば、このコンクールから今まで夢を織り続けるという
僕の人生の目的を続けられた事に感謝しかない。
もう八月の十一日になってしまった。_a0126690_12402433.jpg



# by eichi_wata | 2017-08-11 09:36
2017年 06月 13日
ああ、削除
なんか、無理無理毎日更新を目指し、柄にもない記事を
書いてみたのだが、やはり、面倒であったので削除して、
地味な絵描きの生活に戻ることにした。
ああ、削除_a0126690_03110185.jpg



# by eichi_wata | 2017-06-13 03:08
2017年 05月 16日
安井収蔵さんが亡くなられた。
五月三日に亡くなられたとのご家族の方から丁寧な
はがきを頂戴した。

<葬儀、戒名無用 どなたにもおしらせするな
御厄介になった各位に深く感謝の意をお伝えすること>
が書き残されていたとの由。

安井さんらしい。

1970年日動画廊で版画グランプリというコンクールが開かれた。
その時の一位が当時23歳の僕で、それで結局、今まで永く画家で
居続ける事が出来たきっかけとなった、とてもありがたい賞だった。

その時の審査で僕を押して下さったのが銅版画家の駒井哲郎さんで、
そして美術評論家の安井収蔵さん、画廊社長の長谷川徳七さん達の
面々であった。

あれから、50年近くずいぶん長い間ごくたまにではあるのだが、
交流を続けて頂いた。とても気さくな方で、ロシアに二十日間程度
だったかな一緒のとても楽しい旅行をしたことがあった。
ずいぶん豪華な旅行だった。

また日展と芸術院の推薦にかかわるもろもろの問題を長く取材し、
連載もされていたので、ひょっとすると日展関係者ほっとしている方が
おるやも知れない。
僕の親友の彫刻家だった叔父が電車に飛び込んだ事件の裏話も教えて
頂いた。まさに勲章を金で取引する不思議な世界があり、その中でいそしむ
画家がおり、それを取り成す美術評論家がいるということらしい。
そういった美術界のしがらみとは距離を置いたとても清い性格の方でした。

当方は賞を頂きながらその後の活躍もなく、また銅版画も止めてしまい、
まったくがっかりもさせてしまった事かと思います。
申し訳ありませんでした。でもおかげ様で僕の人生は楽しかったです。
審査員の方々に感謝申し上げます。

享年90歳、ご冥福をお祈りいたします。



# by eichi_wata | 2017-05-16 07:54