2018年 06月 07日
栄ちゃんは光子のUrineを飲みすぎてしまったのか、相変わらず調子が出ない。
いつの間にか仕事部屋の椅子で寝てしまっている。
昨日の病院での糖尿の数値悪かったんだがそんなでもないし、肝臓は正常だし
このだるさとは違うようだ。
眠いわけでもなくただただ、だるくつかれる。
たんなる怠け病か、アルチュウハイマーか。先日の草取りの軽い熱中症か。

繪に未練はないので、このままストンとミドリの所に運んでくれないものか。
最近願うことはこればかりだ。

中山俊一の短歌集<水銀飛行>を注文していたのが届いた。
なぞが満ちてクラクラする短歌が続く。

<きみのおとうさんはさみしいひとだった朝虹を彫る版画教室>中山俊一

この短歌を知って歌集を読みたくなったのだ。
朝虹の版画はどんな繪だろうか、矢張り木版画かな。
でも僕は銅版画派なので銅版画で朝虹を想像したい。
色々妄想が膨らむのだがよくわからない。
寺山修司に銅版画の短歌があったのだが、何の繪だったかな?

<いもうとが尿終えるまで金色の穂波をみてた車のなかで>中山俊一

この歌が代表作なのだろうか?検索で一番ヒットする。
これも考えてしまう。いろいろ映像として想像するが、
俗な僕は変なことを想像してしまうのだが。
谷崎は時代なのかUrineと書いたのだが。今は普通に尿と書く。

<まだ浅い夢のほとりで逢えるなら羊の皮膚に手を伸ばすから>
<溶けてゆく氷の数を数えてた僕なら僕であろうとしてた>
<だれに手を振るべきなのか桟橋の点描画家の・となる僕>
<恋人が氷結の缶を潰す音 とくに意味などないんだろうな>

次の天使の佃煮の句をが最初の版画につなげて考えてみた?
ストーリーとして、昔は、とてもさびしかった青年がいつの間にか佃煮になり、
気がつけば君のお父さんにもなって、そして、いつの間にか版画家になって
今、鉄筆でカリカリとモノクロームの朝虹を彫っている、
そういえば銅版画はどこか佃煮の丁寧にラベルを貼った瓶詰に似てないかい?

<青年は遠くへ行くよと云ったまま みんながみんな天使の佃煮>
<きみのおとうさんはさみしいひとだった朝虹を彫る版画教室>

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by eichi_wata | 2018-06-07 13:15


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