2017年 01月 06日
久しぶりです

また一年が過ぎてしまった。

昨年は家内が視神経髄膜炎という首から下が徐々に動かなってしまう症状の、
なんか良く分からない難病指定の病気にかかってしまい、MRIが使えないと
いう悪条件が重なったのだが、発見しずらい病気らしいのだが、それでも最
初の病院での脳梗塞という誤診で、結局ひと月後病気は治ったということで
リハビリ病院にまで転院させられてなおさら発見が遅れ、再び症状が進みリ
ハビリ病院から再度転院した病院で病名が分かった時にはステロイド治療に
対してもう心臓が耐えられない状態で、結局三か月後三度目の心不全を起こ
し亡くなってしまった年だった。

彼女は小学生の時心臓弁膜症にかかり、二十歳のとき会ってから、以来三度
の心臓手術を受けながらも、若いころから好きであった原生蘭の栽培を趣味
でやっていたのだが、やはり体力が続かないので栽培はほどほどだったよう
だが、とても特殊な原種を直接海外の業者から輸入したり、ニューギニアと
かペルーとかの高地まで遊びに行ったりしたのだが、それ以上にはんぱない
頭の持ち主であったので西洋蘭の辞典的な事柄は大体すぐ答えられる持ち主
であったからか、なにかあれば、仲間からはミドリさん、ミドリさんと沢山
の方たちから重宝され慕われていた人だった。
さすがにここ十年は心臓がメロンほどの大きさになり、母の介護も重なり蘭
栽培に関しても以前ほど体力もなく、その間、心不全で心臓が止まることを
二度も起こしながら68歳までよく長生きしたものだった。

家内の死で三人の子供達全員を先に亡くしてしまった92歳になる義母を近
くの老人ホームに入ってもらい、この古く妙に広い大船の家も僕一人になっ
てしまった。

来週には僕も70歳だ。23の時版画が売れ出してから50年近く、目立つ
ことが嫌いで極力人前に出るのを断り、画廊での義務的な逃げたくなる個展
もほんの数回で済んだし。当然に団体展も参加してないので、画家たちとの
交流もない。

とにかくほおって置いてくれという性格でも、さほど不自由なく画家を続け
られたことに、なんという幸運な人生かと感謝しながら、今年も繪を描きな
がらの日々なのだろう、

でも、家内に会いたいな、早く迎えに来て欲しいんだが。

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by eichi_wata | 2017-01-06 11:19


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