2018年 05月 23日
日々
大物の50号、いよいよ最後が見え出した。
あと25人とウサギを描けばよい。ちっちゃい人物なんでとても簡単。
でももう少し自分でも丁寧に描かねばと思うんだが
困ったことに集中エネルギーがすぐ切れるんだよね。三分もたない。

並行して20号も明日から取り掛かる。
今月末と言われているんだが、一週間程度伸ばして
もらいたいんだがどうかな?
どちらも実質的には七月に始まる展覧会なので大丈夫
じゃないかな?

静岡のMさんから休みの土曜日に鰻が食べたいとLineが来た。
それなら三島の桜屋か小田原の友栄か松琴楼かな?
どちらも二時間以上は並ぶので避けたいんだが。
家内の好きだった友栄のほろほろとした柔らかな鰻はおいしいしな、
家内とは平日行ったのでさほど待たなかったんだが、
最近は特に日曜は三時間待ちとか。

長居するな、うちはうなぎ屋だ、お酒はワンカップ一合まで、
鰻を食べたらさっさと出ていってくれという三島のうなぎ屋も
あるのでこれはこれで初体験かな?

その後熱海に行って一風呂浴びて熱海で散会か
繪が気になるので静岡までお嬢のケツにくっついて行くことは今回はやめよう、自戒。

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# by eichi_wata | 2018-05-23 14:02
2018年 05月 15日
日々
義父の代から続いていた毎日新聞を止めた。
戦前の苦学生の頃毎日の新聞配達をやっていたらしく、
妙に毎日に肩入れしていたのだった。

不便になるのかと思っていたが別に関係がなかった。
iPadがあればほとんどは調べられる。
粘着質の不愉快な悪口記事をわざわざお金を払ってまで
読まされるのが無くなっただけでも毎日すっきりした。
今でも大変だろうに、僕らの団塊老人がいなくなったらなおの事
新聞は読まれなくなってしまうだろう。これも自業自得だ。
唯一毎日を読みたい理由だった高村薫の小説もさほど面白くないし。
ああ、こんなにすっきりするなら早く止めとけば良かった。
でもおかげさまで洗剤は使い切れないほどたまりました。

絵をせっせでもないが描いている。

歩いて五分ぐらいの処の母のホームにイチゴを
もって行かねばならないと思いながら、
昨日も、一昨日も休んでしまった。
イチゴをあげてはいさようならもかわいそうなので
なんか昔話に付き合うので小一時いてしまうのだ。
実の母ならすぐ帰るんだろうが

絵を描いている時の多少高揚した気分が中断されてしまうので
ほかの予定を入れるのは本当は嫌なのだが。
昔はこんないらいらした時はミドリに良く当たっていたが
今考えてみると、長い間甘えていたのだなと思う。
当たられたほうはそれこそ不愉快だったろうに。
当たる人がいなければイライラしないものだった。

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# by eichi_wata | 2018-05-15 08:39
2018年 05月 09日
日々
結局連休は若い友人二人に連れられて伊勢神宮、外宮、内宮、夫婦島、
あと、どこだったかな?レンタカーの後ろで乗っていただけなんで、
山のてっぺんと志摩半島のなんとか展望台で夕日をみたかな?
で二日目はホテルで夜12時近くまでカラオケに付き合わされた。
三日目は片方の子の恋人が三島由紀夫ファンらしく急遽、神島まで船で渡ることになり
島に三時間ほど滞在して、二人は元気よく島をぐるりと灯台まで登って、
潮騒を満喫し、でも彼女たちの高校の教科書には潮騒は載ってなかったようで。
今の国語の教科書何が載っているのだろうか?

僕は港で子供たちが走り回るのを見ながらビールを飲みながら
ボーと待っていた。潮騒はどんな終わり方をしたのだったのか?
そして自死してしまった家内の元恋人の名前はなんだったのか?
なんでこんなこと急に出て来たのかな?
奥歯さんの本をもっていったからかな?あるいは上沼緋佐子さんが。
孤独に弱い緋佐子さんも雪国に戻らずにこんな優しい伊勢で製作を
続けていれば良かったのかも知れないな。などと、、、

前の日の広大な伊勢の森の奥に、ひょっとして彼ら皆がいても
不思議じゃないかなと、そんなたわいもない事を考えたからかも知れない。

家内と僕の散骨もこのあたりに頼んでおこうかしら?どうだいミドリ。

最後に親の土産の赤福を忘れたと片方の女子がいいはじめ、宇治山田駅、
伊勢の駅で探しまわり、結局名古屋駅で探し回っても売り切れだったのだが、
あれ?結局赤福は食べなかったんだ。以前事故があってからたくさん作らなく
したのかな?
へんば餅と地ビールは美味しかった。
三日間贅沢にアワビと伊勢エビ、さざえは結構食べたんだが。

でも20台の元気さに圧倒されて、ついて行くのも70の爺さんは、、、、、
ともかく、出発の静岡に戻って来たのだった。

七宝の上沼緋佐子さんは伊勢はいいよ、人情が半端なくやさしいと
言っていたのだが。タクシーの運転手さんも、旅館の方々も、
短い旅だったがその感じは十分わかった。

帰って来たら、今度は七月までの作品を今月末まで出してくれないかと
画廊からの電話で、あじゃ、ほかにも今月は<鏡の國>の大きい作品が待っていて、
仕事か。
一気に旅の気分が吹っ飛んでしまった。

ともあれ、とても楽しい旅であった。
連れの片割れは結婚が決まったし、
もう数年すれば片方も結婚するのだろう。
何時までもこんな三人旅は出来ないな
       
<世界がいかに精妙に美しく造り上げられているか、私は知っている。
ここは、多分ある意味ある角度から見れば、すでに楽園なのだ。
枝分かれし続ける物語で出会ったみなさん。あなたを、私は祝福します。
どうかしあわせに生きてください。>
2003年四月 二階堂奥歯
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# by eichi_wata | 2018-05-09 11:32
2018年 04月 18日
日々
10日締め切りの絵を昨日送った。
今年も七月まで数点の依頼が続く。

忙しくなる前に筍が食べたいのでまた大原まで行くことにした。
ひと月前大原に泊まった時も出してもらったのだが、
本当はひと月後辺りが一番おいしいのでその頃
来てくださいと言われていたのだ。

ただ筍で思い出すのは中学校の頃家族で行った、藤沢周平にも出てくる湯田川温泉の
筍が今でもこの季節になると思い出す。

だだっ広い大広間で風呂に入って待っていてもなかなか筍の食事が出てこず、
おなかをすかして待っているのに父だけは上機嫌に塩からか何かで酒を飲んで
いるだけだった。
今考えると父が筍を食べたくなりよく行っていた湯田川にふらっと家族を連れて
行ったのだろう、旅館の方はあわてて裏山に筍を掘りに行ったのかもしれない。
たまに家に着物をきたおかみさん風の方が来てそのあと母がイライラして
いたのを思い出す。

その後大人になって何回か湯田川温泉に泊まったのだが、筍の季節はその時の
一回だけだ。その大広間の旅館に数年前行ったのだがニューリアルされて人気の
旅館になって、つまらない旅館になっていた。

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# by eichi_wata | 2018-04-18 12:22
2018年 04月 04日
雑感
山形の画廊での花展に絵を送ったのだが
まだ良く乾かなかったのか梱包の紙が絵にくっついているとの
電話を受ける。

これはまあ紙を水で濡らして少しづつはがすしか手は無いよと
答えたのだが。

京都から帰ってからどうも体調がすぐれず、月一の診察で言ったら、
酒の飲みすぎなんじゃないのと、軽く医者に言われたのだが、
まあ、そんなであまり絵に集中できず十日締め切りの絵もまだ出来ていない。
もっとも僕は昔から精力的に制作に励むたちでは無いのだが。

ただ今度の絵で描いていない残りの部分は髪飾りと、首元のレースなので
集中すれば二日もあれば出来るだろうとと、高をくくっているが。
たぶん。

五月締め切りの<鏡の世界>もまだすすんでいない。

なんかまた京都に行って街をふらふらしたいなあとばかり考えている。
クラムリーの読みすぎかな?

大昔、落ちたのだが京都の大学受験したことがあった。
あの時大学に入り、京都に来ていたら、その後の人生もずいぶん変わって
いたと思う。どんな人生を送っていたのだろうか。
大学を卒業したとしても会社勤めは向いていなかったので、結局、中退して、
実家が祖父の代まで四代、京都で修業した表具師だったので僕もまた京都で表具師に
弟子入りして、今頃古い屏風の修復なんかしていたのじゃないかな?
それが、どこがどうして現在大船でパンツ絵を描いているさえないけど楽しい絵描きに
続いているのだろうか?

現生が夢、幻というより過去の出来事こそ夢なんじゃないかと言葉があるのだが、

とても見たかった映画<キャロル>見たのだが。
ああ、とてもいい映画だった。

何かにひかれて方向を変えてしまう生き方も人生だものそりゃあるわな。
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# by eichi_wata | 2018-04-04 16:25
2018年 03月 19日
旅から戻った
大原に四泊してから京都。
このまま新幹線で静岡に泊まろうかと思ったのだが、
静岡も四年近く通っていたら飽きてしまった。
結局そのまま京都に十日ほど滞在してしまった。

観光地は近場で済まして、ちょっと歩いてはビール。
角を曲がってはビール。
スイーツ屋さんにビールを置いている店が沢山あって、
そして夕方からは酒。
こんな風にして京都をふらふらと回っていた。
泊まったところは京都では繁華街なのかな?
ホテル近くに与謝蕪村のおうちがあった。
そんな所だったので、近辺は飲むところがいろいろあって
いやむしろありすぎて困ってしまった。

友人に勧められて行った城南宮のしだれ梅はとても綺麗だった。
さしずめ桜がルノワールなら梅はゴッホ
このゴッホ梅を見れただけでも京都に来て良かった。
花見と言えばぜったいに梅でしょうと、
言いたい気持ちになった。

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# by eichi_wata | 2018-03-19 09:27
2018年 03月 08日
旅行中
今回は姫路の友人に会いに行ったついでに
なんか京都に寄りたくなって、大原に行き着いた。
何で京都大原だったのかよく分からないのだが。
日本の田舎の里といえば大体何処も同じなんだろうが、
山形で言えば平清水の里にとてもよく似ている。
画家で山形出身の小松均がこの里に住み着いたのもどこかよくわかる。
交通事故で亡くなってしまったが小松均の弟子であった今川夕子さんは
ここまで時々山形から来ていたのか。あの不自由な体で
最初の頃は、お母さんにおぶさってこの土地に来ていたと話していた。
それは、それは難儀した事だろう。

そんなこんなでもう大原の宿に4泊もしてしまっている。
三千院に行くこともせず部屋で酒を飲んでいるだけなんだが。

料理が有名な宿らしく、ガイドブックに事あるごとに出てくるあの
本で3星を貰ったようなので、それはそれは矢張り美味しいのだが、
色々と気を使ってくれて毎日の献立を替えてくれているのに悪いのだが。
毎日朝に出してくれる湯豆腐を夜にも出してくれればなあなどと
思っても見るのだが。
でもさすがに手が込んでいる野菜を中心とする懐石はとても美味しい
料理は品評でなく出会いのようなものだから、この懐石を味わえたのは
楽しかった。

明日は京都市内に戻ることにした。
京都は何故なのか分からないがこんな老人をも浮いた気分にさせてくれる

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# by eichi_wata | 2018-03-08 05:21
2018年 02月 28日
50号スタート
昨日は、50Fと10F二枚のパネルに紙を糊張りしただけで
へとへとになってしまった。
これ丁寧にやらないと、後で紙がぷくっと浮いてき、大変な事になる。
10号二点は四月前半、50号は五月末が締め切り。0号がもう一点。

ここの処、運動と言えば買いもの程度しか動かないんだが
最近はあまり買い物にも行かず、必要なのはアマゾンで取り寄せている。

ウイスキー、ビール、本まぐろ赤身、米沢牛肉、ネギ、讃岐うどん、
天の橋立オイルサーディン、銚子の鰯の煮つけ、鯖の味噌煮、福井の塩雲丹

でもこれではちょっと野菜とか豆腐などのいろどりが足りないので時々買い物に
行かねばならない。
でも基本的に料理はめんどうなのでしない。
朝食は煮込みうどんを作り、夕食は蕪かキュウリの浅漬けとまぐろを切って
日によってなんかをパックから出して酒を飲み、これで大体お終い。
家内が亡くなってから約二年、独居老人の食事はこの二食のパターンが続く。

のらりくらりと一日一、二時間、絵を描いては昼寝を繰り返して
たまに歩いて数分のホームの母に果物を持って行き。また夜寝も繰り返して、
起きては小鳥に餌をまき、ビールを飲み、うどんを食べ、絵を描き、コーヒーを
飲み、ウイスキーを飲み、余った時間は家内が結婚する前から持っていた
パヴェーゼを少しづつ読んでいる。
でも草が伸び出したらこんなのんびりはできない。
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# by eichi_wata | 2018-02-28 09:42
2018年 02月 26日
特に変化ありません
<鏡の世界>の展覧会の絵を考えているんだが。

展覧会の絵なんだが、左右対称の絵を二点描こうと思いついたんだが。
それを右の壁面と、相対する左の壁面に飾って欲しいと思います。

<アリスのさまざまな冒険があるのではなく、ただ一つの冒険、
表面の発見があるのだ。
だが表面とはなにか。
それは存在のあらゆるカテゴリーをのがれるなにものなのかでは
ないだろうか。それは、表面が、ほとんど定義によって、存在論の
対象になりえないからだ。
表面は厚みをもたず、どんな背後にも送りとどけず、あらゆる深さを
はぐらかす、そのとき、ひとは軽蔑をこめて表面的と形容するだろう

鏡、あるいはこの底なしの深さのなさ。それが鏡の中に入ることをひとに
ゆめみさせるのだ。
そして鏡の中で、ひとは無限に表面にいる。われわれはそこでは決して
奥にまで達することはできない。>

<鏡の国のアリスは結局、アリスの夢というよりはむしろ、
アリスのおしゃべり、鏡の前でのおしゃべりではなかっただろうか。
そしておしゃべりとは、それもまた典型的に表面の言語、
だれのものでもない言語だろう。
そして、表面の言語の中に入るとき、アリスはすでに鏡の中にいる。>
宮川淳

しかし、この宮川淳の本を読んでも良く分からないな。
鏡の世界。

もう鏡になんか意味をあたえてもその意味はやはり軽く意味のないものに
反転するのではないのかということだろう。
鏡が虚構であるということは、当然こっち側の現実も虚構足りうるという
ことだろう。

<じんせい>に深い意味を与えても鏡の世界では<いせんじ>

絵は言葉に置き換われるか?結局の所、今回も僕の絵を描く意味がこの
言葉に置き換わるかという、僕が絵を始めた時もすでに古く、今では
もうとても古臭い問題に戻るってしまうという意味のない事を堂々巡りを
50年も繰り返していたという確認でしかない。

今、左右対称にしたに過ぎない、まったく同じ絵を二点描いて見ることにする。
目の前にアリスの絵がある。そして後ろを振り返るとまた同じ絵が見える。
こんな事で鏡をイメージし、言葉が出来るのではないかね。

















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# by eichi_wata | 2018-02-26 07:14
2018年 02月 01日
やっと
「さくらと富士」展の絵が出来た。
展覧会は2月13日から3月3日まで。

昨年が70歳なら今年は71歳。家内は68歳のままでもう歳はとらない。
又会える時は僕は幾つになっているのだろうか?
近くのホームの93歳の義母と共にそれなりに無事健康。

今年も若い、とても若いガールフレンド達を誘って旅行に行こう
昨年はさくらんぼ狩り、海水浴、城崎温泉、先日は大涌谷、
いずれも楽しかった。

そんな時、旧物理学校の先輩の画家齋藤三郎さんならせっせと
彼女達をスケッチしていただろうが、僕は眺めているばかり。
三郎さん、誰をスケッチしてもスペイン女になるフィルターがあって
それを当時はつまらないなと思っていたのだがどうもすみませんでした。

さて彼女達は五月の連休はお伊勢参りを予定にしているそうで、
今回は私たちですっかり予定を立てると言う。
いや、僕の方から立てて頂戴と言ったのか。

仕事も今年は今年であいも変わらず忙しくなりそうだ。
ただ朝から酒ばかり飲んでいる。


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# by eichi_wata | 2018-02-01 11:08