2017年 01月 29日
特にないのだが
画廊から繪の依頼が来るときはいつまでの締め切りと何号程度、
何点かといった条項が書かれてあるだけで繪の内容は特になく、
こっちが決めて渡すのが大体の仕組みなのだが、

繪を描くときまっさらなキャンバスに向ってさあ描くぞといった
恥ずかしくなるようなことはまあなくって、きっちりした下図を
作ってから描くんだが、
下図が数点できたとき、その中からどれを選んで描くかはその時の
気分のようなもので選んでいるのだが、
それでも決められない時は実際にいくつか描いてみるのだが、
往々にしてこれは最後まで描く気力がわかないなといった状態があって、
その時はパネルごと破棄してしまうんだが、一点作るのに、以前は
三、四点破棄することがあったかな。
破棄しないまでも途中でやめてしまったパネルは部屋にたくさんある。
しかし、ここ最近は描く手間が面倒で下図でなるべく決めてから描くように
しているんだ、それでも数点の下図からどれにしようか悩むことがあって、
その時は家内に選んでもらうことにしていたのだが、その家内が亡くなって、
はたと困ってしまった。

アドバイスというよりパッと見たときに印象が欲しいのだが
誰でも良いようなんだが、良くないような?
卒論がピカソです。という方にお願いしづらいし。
その点、家内の卒論はグリューネヴァルトでどこか趣味が合ってたんだ。

それでいろいろ考えたのだが、なかなか聡明な美大出身の山形のY画廊の
Hさんに頼んでみようと思ったんだが。

正直どっちでも同じようなんだが、僕から見ればとっても違うんだ、
馬鹿ばかしいお願いで申し訳ありませんが、お手数ですがお願いします。
そんなわけで、Hさんに印象を尋ねたところこんな返事を頂いた。

<え~、迷いますね~っ!!

抜け感があるのは背景室内のほうかな?
でも多分玄人向けかも。

一般的に鑑賞しやすいのは、
ミッキーのヘアバンドしてる方かと思います。
背景が風景の方ですね、はい。
色彩がまとまっていて
作品全体の印象として、
若い子のお肌のような元気な“ハリ”感があります。
いいですね、”ハリ”>^_^<

ご参考になれば幸いです。

あくまで個人的感想です。>
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# by eichi_wata | 2017-01-29 14:23
2017年 01月 27日
70の誕生日会
以前も書いたのだが、こんなに更新もしないのに
平均で15人の方々が毎日訪問してくれているのだが、
以前より今年になって倍増したようで。
ありがたい事なのだがどなたであろうか?
15名も友人はいないと自信はあるのだが。
皆目見当がつかない。
このブログを覗いてみようという理由がまったく分からないんだ、
そしてほぼ七割が携帯からなのだが。携帯から見ると広告ばかりで
見づらいのに、有難うございます。

そんな事はないと思うおうとしているのだが、ひょっとして
生きているかどうか確認なのだろうか?
相変わらずふらふらしています。

先日はとても、とてもかわいいお嬢さん方が
ちゃんと70の誕生日を祝ってくださいました。
でも祝ってくれた日に<私、婚約しました>の報告はなあ
このごろこんな話ばかりが続く。


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# by eichi_wata | 2017-01-27 15:07
2017年 01月 06日
久しぶりです

また一年が過ぎてしまった。

昨年は家内が視神経髄膜炎という首から下が徐々に動かなってしまう症状の、
なんか良く分からない難病指定の病気にかかってしまい、MRIが使えないと
いう悪条件が重なったのだが、発見しずらい病気らしいのだが、それでも最
初の病院での脳梗塞という誤診で、結局ひと月後病気は治ったということで
リハビリ病院にまで転院させられてなおさら発見が遅れ、再び症状が進みリ
ハビリ病院から再度転院した病院で病名が分かった時にはステロイド治療に
対してもう心臓が耐えられない状態で、結局三か月後三度目の心不全を起こ
し亡くなってしまった年だった。

彼女は小学生の時心臓弁膜症にかかり、二十歳のとき会ってから、以来三度
の心臓手術を受けながらも、若いころから好きであった原生蘭の栽培を趣味
でやっていたのだが、やはり体力が続かないので栽培はほどほどだったよう
だが、とても特殊な原種を直接海外の業者から輸入したり、ニューギニアと
かペルーとかの高地まで遊びに行ったりしたのだが、それ以上にはんぱない
頭の持ち主であったので西洋蘭の辞典的な事柄は大体すぐ答えられる持ち主
であったからか、なにかあれば、仲間からはミドリさん、ミドリさんと沢山
の方たちから重宝され慕われていた人だった。
さすがにここ十年は心臓がメロンほどの大きさになり、母の介護も重なり蘭
栽培に関しても以前ほど体力もなく、その間、心不全で心臓が止まることを
二度も起こしながら68歳までよく長生きしたものだった。

家内の死で三人の子供達全員を先に亡くしてしまった92歳になる義母を近
くの老人ホームに入ってもらい、この古く妙に広い大船の家も僕一人になっ
てしまった。

来週には僕も70歳だ。23の時版画が売れ出してから50年近く、目立つ
ことが嫌いで極力人前に出るのを断り、画廊での義務的な逃げたくなる個展
もほんの数回で済んだし。当然に団体展も参加してないので、画家たちとの
交流もない。

とにかくほおって置いてくれという性格でも、さほど不自由なく画家を続け
られたことに、なんという幸運な人生かと感謝しながら、今年も繪を描きな
がらの日々なのだろう、

でも、家内に会いたいな、早く迎えに来て欲しいんだが。

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# by eichi_wata | 2017-01-06 11:19
2016年 10月 29日
日日に疎し
ずいぶんこのブログもほったらかしになってしまった。
それでもPCアクセス、PC訪問者数が毎日3名から20名の数が出ている。
五六名は推測できるが、20名となると、どなたであろうか。
ありがたいことだ。

山形の画廊恵埜(よしの)画廊から展覧会の依頼で
9月から10月にかけて20号を二つ、久々に集中して描いた。
パンツ絵のうえに20号の大きさでは、売れないだろうな。
画廊には迷惑だったろうな、申し訳ないことをした。
絵自体は自分では結構気に入っているのだが、
でも、パンツ繪はこの二点でおしまいにしても良いかな、少し飽きてきた。

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# by eichi_wata | 2016-10-29 09:22
2016年 08月 28日
今でもLeicaM8
来春の個展が中止になって、良かった、よかったと、
先月から今月にかけて旅行ばかりしていた。
とても若い友人たちと葉山、長者ヶ崎海岸まで海水浴にまで
行ってしまった。
それと念願の熊本の書店、橙(だいだい)書店に行ってみた。

以前のDIGILUX2 も多少そうだったんだが、
このライカM8は、なお一層不思議な色調を出すなと思う、
最近主流のCMOSではなくコダック製のCCDのせいなんだろうか?
フイルムらしい、もやとした多少濁った色調がライカM8の最大の特徴だろうか。
この色調とぼやとした写りのロモレンズ、、、、

フイルムカメラの面倒さが無ければM3が一番好きなカメラなんだが、
今はやはりデジカメの時代なんで、このカメラとロモレンズの組み合わせが僕にとって
一番理想のトイカメラになるのであろうか。

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# by eichi_wata | 2016-08-28 09:40
2016年 07月 15日
究極のトイカメラ
昔からトイカメラが好きで、いろいろトイカメラ、トイデジカメを使ったんだが、
写りは面白いんだがトイカメラにちゃんとしたカメラを求めるのも変なんだが、
すぐこわれたりして、どうも肝心な時失敗するので、確かな写りのトイカメラを
まあ、ずーーと状態だったんだが、結局ここしばらくはiPod touchなのかなと
思っていたのだが、
先日気まぐれでフルサイズのデジカメを買っていろいろレンズを
交換して遊んでみたのだが、んーーーーん。カメラだった。
やはりiPod touchでいいやだった。

そんな中でおもちゃカメラと言えばロモカメラというほど大人気のフイルムカメラが
あるんだが、そのカメラのレンズ部分だけをライカカメラに着けられるようにした
ロモレンズの広告を偶然見つけて、あら、これはと、忘れていたトイカメラ愛に
また火が付いてしまった。
Lomo

十年程度まえかな、レンズ改造にはまったことがあったんだ。
これは何をするかと言えば、ロシアレンズなどの安いライカレンズを買ってきては
そのレンズをばらして、レンズ玉を外して、ピントを合わせる役目のヘリコイドだけを
使い、そのレンズ玉の部分に、僕がやったのはトイレンズのレンズ玉をはめたものなんだが。
四個程度作ったかな?
写るんですのレンズとか、ロモレンズとか、スメナも使ってみたがこれは40ミリでなかなか
ヘリコイドに合わないので止めてしまったが。
そんなのをフイルムカメラのライカに着けては遊んでいたんだが。
やはり同じような改造レンズを実はほしい人が多いらしく先ほどのLomoレンズはちゃんとした製品を
新しく出したという訳なんだ。

これなら買ったままほとんど使っていないM8もトイカメラになるかしらんと、
以前のこのM8には似たようなレンズMS-Optical PERAR 28mm f4をつけては
遊んだんだが、これは、まあとても良く映るレンズで、それはそれで魅力的なんだが、
さすがにこれは写りすぎで、トイカメラにはならなかったが。

そのLomoレンズにふさわしいデジカメは何だろうと、トイカメラファンは各自夢を描いて
究極のおもちゃカメラを首にぶら下げて旅に出ることを夢想するわけだ。

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# by eichi_wata | 2016-07-15 08:41
2015年 12月 06日
野間傳治に再会した旅
約二週間のふらふら旅から戻った。

僕の先生の野間傳治は正直なことを書いてしまうと画家としてなかなか
これといった代表作をちゃんと言えない微妙な仕事を続けた人で、でした。
野間桂子さん、銅版画家、もう誰も知らないのだろうな?
野間傳治さんもしばらくするとそうなってしまうのかな?
1950年台に東京芸大を出てすぐにフランス留学、次にフルブライト留学生として
ボストンの大学で版画を学んできた新進気鋭の作家だったんだが。
どうしてなんだろうか?あんなにせっせと仕事をしていたのに。
僕も含めて殆どの作家ってこんなものなんだろうな。

弟子としてしばらく側で見ていた者として、フランスのヘイター教室にいたころ始めた
とてもカラフルで抒情的な抽象を続けてほしかったし、またあの仕事の先を見たかった。
また30代の頃に九州のとある美術大学の先生の話が来た時も抽象を続ける良いきっかけ
だったと思ったんだが、父親、野間仁根が強く反対したと先生から聞いた。
そして、40台になると急にビュランで具象を始めたんだが、なんでビュランで具象なの?
先生どうしたの。抽象の仕事はどうしたの?え、え、。裸婦と動物????
このころから僕も連絡も取らなくなってしまったんだが。

僕が少なくとも画家に成れたのは先生のおがげなことでもあるんだ。
二十歳の時に先生の工房で君はビュランとデューラーの版画集を渡して
これを集中してやりなさいと言われたのが、そもそもの始まりで、
そんな恩のある先生に何かと不義理をしていまったという思いが
亡くなって十年にもなった今でも強くあって、もう少し連絡をとってれば
良かった、、、、

なにか急に道後温泉に行きたくなり、思いついたその夜の夜行バスに乗って
道後温泉に行ったんだが。
どうせなら、前々から思っていた先生の父親、野間仁根の生まれた島の今治の
大島に寄ろうと思い立ち行くことにしたんだ。
仁根さんの家は島でも塩田を一手に扱っていたとても大きな庄屋さんだったようで、
仁根さんが戦前にフランスに行けたのもその財力があったんだろうな。
また仁根さんが亡くなった時も先生は土地の相続その他でいろいろ大変だったようだ。
そんな話をずいぶん前に聞いていたので、初めて行ってみようかと軽く思ったんだ。

で、バス停留所の前の役所に飛び込んで野間仁根さんの旧宅の事を聞いたら、
偶然に職員の武田直子さんと出会って、武田さんは僕が画家であることも
野間傳治の弟子であることも当然知らず、野間仁根の旧宅を見たいといっただけで、
親切にも案内してくれ、どうせなら、少し離れているんだが野間仁根の繪が飾ってある
郷土資料館でも見ますかと、その資料館になにげなく案内してくれたんだが、
そこで、あああ、なんと笑顔の先生の写真が僕を待っていた。

それは島での野間傳治の初めての展覧会が四日前に始まったばかりの中に
偶然に出くわした形なんだが、いやこれは単なる偶然とはでなく、
十年前に亡くなった先生が絶対に展覧会に僕を呼んだのだ。
こんなとき、こんな形で再会するとは、、、、たまらず泣いてしまった。

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# by eichi_wata | 2015-12-06 14:09
2015年 10月 25日
少年王國<蝶を夢む>
旅行から帰って大船に戻って、一度渋谷まで藤田さんの個展を見に出て、
ほかの日は家で本をいくつか、ぱらぱらに読んだり
読み返したり、いいかげんな読み方だが、そんな毎日だ。

川上未映子を四冊、
<彼女は四時の性交にうっとり、うっとりよ>初期の本びっくりええな、
朝吹真理子<流跡><きわこと>
<村上春樹への12のオマージュいまのあなたへ>

二階堂 奥歯<八本脚の蝶>読書日記または公開日記か。
読んだのはまだ全部でなく適当なところばかりだが、
最後のページの事は触れたくない。

たとえで言えば、さながらカサーレス<モレルの発明>で繰り返し現れるフォスティーヌの出現と
消失で<モレルの発明>の次の一節そのままの本だ。
<しかし私は彼女を保存しているのですよ。もしだれか、彼女に会いたければ、お見せします。>

アンドレイ・タルコフスキー<ホフマニアーナ>が読みたいんだがな、
挿繪が入っているんだが、挿繪本はおせっかいで嫌いなんだ。そして挿繪が銅版画ならなおさら、
銅版画が本の挿絵とした長い歴史があって、近年せっかく本から独立できたのにまだ、本の挿絵とか
表紙に用いられることに、どこか悲しい思いがあって大昔の駒井哲郎さんの自嘲気味な話を思い出して
割り切れないんだ。本は飾らないでほしいんだ。

本は純粋に文列をなで文脈を読んで、うかれ漂う悦楽をあじわいたい。
朝吹真理子<流跡>はそんな小説であった。

<文字がとどまることをさけ、書き終わることからも逃げてゆく。
ひたすら押し流れてゆこうとする。はみだしてゆく。しかしどこへ>朝吹真理子

<幕に、それが消える時、風が擲つがごとく、虚空から、――雨交りに、電光の青き中を、
朱鷺色が八重に縫う乙女椿の花一輪。
はたと幕に当って崩れもせず……お稲の玉なす胸に留まって、たちまち隠れた。>泉鏡花

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# by eichi_wata | 2015-10-25 13:25
2015年 10月 17日
海街diary
映画海街diaryが何の事件も起こらず、のんびりした四姉妹の
話のゆるい展開が心地よく、二度も見てしまったのだった。

海街diary 3 <陽のあたる坂道>を図書館から借りてきて読んだ。
七月に予約したので3か月かかって、1,2,3まで読んだことになる。
1,2が前ふりで3でやっと個々の内面に入って来たかんじか。
しかし、父の墓どこに入っているのだろうか?
4,5,6巻は待ち順番がやっと10番目あたりなのでまだひと月程度は
かかるかな?もっとかな?

旅先での街をふらふら歩いていたら変わったお茶屋さんを見つけた。
煎茶エスプレッソが飲める。それがとてもおいしく、ホテルにも近いので
毎日昼にお邪魔して、小さなおにぎりを三個注文しては本を読みながら
お茶を頂いていた。
ちょうど川上未映子の<ヘブン>を読んでいたところ店員のお嬢さんに
何を読んでいるのかと尋ねられ、それ、すごく嫌なんですよね、
でも、かわいいから<ヘブン>と答えると
あ、コジマはどうしたのでしょうねと聞かれ、え?くらりとした。

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# by eichi_wata | 2015-10-17 10:11
2015年 10月 14日
旅行から戻った。
二週間の旅行であった。

ホテルでは<重力の虹>3章のいろいろなところをとびとび読み、
傍ら居酒屋では<たけくらべ>と、川上未映子<ヘブン>を読んでいた。

<いつも恥かし氣に顏のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌さは再び
見るに難く成ける、人は怪しがりて病ひの故かと危ぶむも有れども
母親一人ほゝ笑みては、今にお侠の本性は現れまする、>

美登利の変化の原因はやはりわからない。
それらの推察はあまりにも現実の問題すぎてそうなのかも知れないんだが、
<此處しばらくの怪しの現象に我れを我れとも思はれず、唯何事も恥かしうのみ有けるに、>
と、あるのでこれ自体はそれほど詮索なくとも、いずれにしても大人になることを自覚した
美登利の変化と水仙の作り花を格子門にこっそりと差していく信如の旅たちを対として物語を
考えるともう少し深い意味が感じられて来る。
それにしても最後はまあなんと美しいのだろうか。

<龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立出る風説をも美登利は絶えて聞かざりき、
有し意地をば其まゝに封じ込めて、此處しばらくの怪しの現象に我れを我れとも思はれず、
唯何事も恥かしうのみ有けるに、或る霜の朝水仙の作り花を格子門の外よりさし入れ
置きし者の有けり、誰れの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懷かしき
思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに傳へ
聞く其明けの日は信如が何がしの學林に袖の色かへぬべき當日なりしとぞ。>

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# by eichi_wata | 2015-10-14 16:16