2017年 03月 05日
鶴田謙二が冒険エレキテ島の二巻目を出すという奇跡
せっかくロモレンズを使っているのだからもっとロモカメラの
ように写真ができないものかといじっているのだが。
最もロモカメラといってもほとんどの方はわからない思うんだが。

今月中の締め切りの作品あったんだが、画廊からの日にちを書いた手紙を
どこかなくしてしまい、何時だったか記憶もあいまいで。
そのうち電話でも来るのでしょう。
少年王國の10号バージョンと20号バージョンに取り掛かっているのだが、
10号はもうすぐなんだが、20号は間に合うかしら、

漫画家の鶴田謙二が冒険エレキテ島の二巻目を出すという、え?-------
すごいニュースがあった。え?---------。奇跡だ。
わかる方にはお分かりかと思いますが、今までいろいろ続きものの本を書いていても、
飽きてしまうのか書きっぱなし、つづくという展開であっても続きなし。
うーーーん、このもやもやの未消化ゲル状態どう晴らすんだよ、、、、、の連続。
それが、その中で初めて二巻目を出すのですよ。
これは奇跡なんですよ。鶴田謙二ファンとしては、それも五年待っての二巻目、
お約束のように女の子がお風呂に入るシーンが入っていると嬉しいな。

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# by eichi_wata | 2017-03-05 11:56
2017年 02月 25日
三週間
二度目の糖質制限を初めて三週間。

今回は食事制限は年のせいか、さほど苦痛ではなくなって来ていた。
軽い朝食と、軽い夕食の二食ですんでいる。お酒もやめた。
三週間で4キロやせた、でもやせるのが目的ではないので、
2,3年続けなければいけないので先は長い。一生かな?

今はローソンに糖質制限パン<ブランパン>があると知って重宝している。
以前はとても高いパンを取り寄せていたのだが。
これが本日の朝食。ブランパン一個、これで糖質2.3グラム。
お肉に少し甘いたれがかかっているので糖質はもう少しかな?
これにオニオンスープ、スープは日によって違うが。
そして朝一番の大麦若葉茶。
家内だったらレタスかキャベツを挟めと言ったろうな。
そのうち夜もこれに卵料理とリンゴとかで十分になるかも知れない。
外食と居酒屋さよならの糖質制限ガチガチの江部教に戻った。

村上春樹の新作、ずんずん重くなってくる、騎士団長登場。
なんだかんだ言っても面白い。春樹訳、グレート・ギャツビー風な味付けで、
前作、前前作よりすんなり入り込めた。
1Q84は何だったのだろうか?
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# by eichi_wata | 2017-02-25 16:05
2017年 02月 13日
ちょうど十年目、また始めたカメラ散歩。
違うプロバイダでホームページを始めたのがちょうど十年前になる。
その始める理由が、いろいろ写しもしないカメラとレンズが増えたので
少しでもブログを始めればこれらカメラも使われるのではないかしらん
といった理由だったんだが。

その最初のホームページの記事はすっかり削除してしまったので
今はないのだが。
そのホームページは生真面目にHTML構文から書いていたもので
結構更新するのが面倒で、そのころ姪がこのエキサイトブログで
ブログを続けていたので、僕もこのブログに変更したのだった。

その後ほとんどのカメラとレンズは下取りしてしまったんだが、
七、八年前にLicaM8を買って旅行には持っていってたのだが、
重いし、面倒なのでiPodでもブログ程度の写真は十分で、そんな、
こんなで今に至るんだが。

先日ロモレンズ(Lomo LC-A Minitar-1 32/2.8)を買ってM8に付けて
これぞ究極のトイカメラだと一人悦に入り遊んでいたのだが、以前続け
ていた糖質制限を家内が亡くなってから、サボっていたのだが、HbA1c値が
80いくつで
糖尿の数値が300を超えだして、急きょ薬を使って下げるように
しはじめたのだが、出来れば薬は使いたくない。
努力すればまだインシュリンを使わなくとも良いぎりぎりのところらしく、
それならもう一度、糖質制限を復活して、下がるものなのか、それとも手遅れなのか
そんな状況なのだが、一応糖質制限と運動を始めたわけだ。
糖質制限は七年ばかり続けていたことがあって、最初は戸惑ったんだが、続けていくうちに
コツがわかり、さほど大変にはならなくなって薬も飲まないですんでいたのだが。

実際糖質制限を再開してみると、その時より今は食事量も少なくなったので、まったく
炭水化物を取るのを止めても以前に比べればさほど苦痛ではなくなったんだが、
問題は運動なんだ。運動が嫌いなんだが仕方がない、
買い物を兼ねて街をぐるぐる回り一時間程度の散歩を始めて、その時、重いんだが
このトイカメラをポケットに入れて道々、どうでも良い写真を写しては今いるのだった。

庭の草も少しずつ生え出しているのでこれからは草取りをせにゃならんので、運動量も増え
夏ごろには血糖値も下がっているだろう。たぶん、

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# by eichi_wata | 2017-02-13 16:46
2017年 01月 29日
特にないのだが
画廊から繪の依頼が来るときはいつまでの締め切りと何号程度、
何点かといった条項が書かれてあるだけで繪の内容は特になく、
こっちが決めて渡すのが大体の仕組みなのだが、

繪を描くときまっさらなキャンバスに向ってさあ描くぞといった
恥ずかしくなるようなことはまあなくって、きっちりした下図を
作ってから描くんだが、
下図が数点できたとき、その中からどれを選んで描くかはその時の
気分のようなもので選んでいるのだが、
それでも決められない時は実際にいくつか描いてみるのだが、
往々にしてこれは最後まで描く気力がわかないなといった状態があって、
その時はパネルごと破棄してしまうんだが、一点作るのに、以前は
三、四点破棄することがあったかな。
破棄しないまでも途中でやめてしまったパネルは部屋にたくさんある。
しかし、ここ最近は描く手間が面倒で下図でなるべく決めてから描くように
しているんだ、それでも数点の下図からどれにしようか悩むことがあって、
その時は家内に選んでもらうことにしていたのだが、その家内が亡くなって、
はたと困ってしまった。

アドバイスというよりパッと見たときに印象が欲しいのだが
誰でも良いようなんだが、良くないような?
卒論がピカソです。という方にお願いしづらいし。
その点、家内の卒論はグリューネヴァルトでどこか趣味が合ってたんだ。

それでいろいろ考えたのだが、なかなか聡明な美大出身の山形のY画廊の
Hさんに頼んでみようと思ったんだが。

正直どっちでも同じようなんだが、僕から見ればとっても違うんだ、
馬鹿ばかしいお願いで申し訳ありませんが、お手数ですがお願いします。
そんなわけで、Hさんに印象を尋ねたところこんな返事を頂いた。

<え~、迷いますね~っ!!

抜け感があるのは背景室内のほうかな?
でも多分玄人向けかも。

一般的に鑑賞しやすいのは、
ミッキーのヘアバンドしてる方かと思います。
背景が風景の方ですね、はい。
色彩がまとまっていて
作品全体の印象として、
若い子のお肌のような元気な“ハリ”感があります。
いいですね、”ハリ”>^_^<

ご参考になれば幸いです。

あくまで個人的感想です。>
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# by eichi_wata | 2017-01-29 14:23
2017年 01月 27日
70の誕生日会
以前も書いたのだが、こんなに更新もしないのに
平均で15人の方々が毎日訪問してくれているのだが、
以前より今年になって倍増したようで。
ありがたい事なのだがどなたであろうか?
15名も友人はいないと自信はあるのだが。
皆目見当がつかない。
このブログを覗いてみようという理由がまったく分からないんだ、
そしてほぼ七割が携帯からなのだが。携帯から見ると広告ばかりで
見づらいのに、有難うございます。

そんな事はないと思うおうとしているのだが、ひょっとして
生きているかどうか確認なのだろうか?
相変わらずふらふらしています。

先日はとても、とてもかわいいお嬢さん方が
ちゃんと70の誕生日を祝ってくださいました。
でも祝ってくれた日に<私、婚約しました>の報告はなあ
このごろこんな話ばかりが続く。


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# by eichi_wata | 2017-01-27 15:07
2017年 01月 06日
久しぶりです

また一年が過ぎてしまった。

昨年は家内が視神経髄膜炎という首から下が徐々に動かなってしまう症状の、
なんか良く分からない難病指定の病気にかかってしまい、MRIが使えないと
いう悪条件が重なったのだが、発見しずらい病気らしいのだが、それでも最
初の病院での脳梗塞という誤診で、結局ひと月後病気は治ったということで
リハビリ病院にまで転院させられてなおさら発見が遅れ、再び症状が進みリ
ハビリ病院から再度転院した病院で病名が分かった時にはステロイド治療に
対してもう心臓が耐えられない状態で、結局三か月後三度目の心不全を起こ
し亡くなってしまった年だった。

彼女は小学生の時心臓弁膜症にかかり、二十歳のとき会ってから、以来三度
の心臓手術を受けながらも、若いころから好きであった原生蘭の栽培を趣味
でやっていたのだが、やはり体力が続かないので栽培はほどほどだったよう
だが、とても特殊な原種を直接海外の業者から輸入したり、ニューギニアと
かペルーとかの高地まで遊びに行ったりしたのだが、それ以上にはんぱない
頭の持ち主であったので西洋蘭の辞典的な事柄は大体すぐ答えられる持ち主
であったからか、なにかあれば、仲間からはミドリさん、ミドリさんと沢山
の方たちから重宝され慕われていた人だった。
さすがにここ十年は心臓がメロンほどの大きさになり、母の介護も重なり蘭
栽培に関しても以前ほど体力もなく、その間、心不全で心臓が止まることを
二度も起こしながら68歳までよく長生きしたものだった。

家内の死で三人の子供達全員を先に亡くしてしまった92歳になる義母を近
くの老人ホームに入ってもらい、この古く妙に広い大船の家も僕一人になっ
てしまった。

来週には僕も70歳だ。23の時版画が売れ出してから50年近く、目立つ
ことが嫌いで極力人前に出るのを断り、画廊での義務的な逃げたくなる個展
もほんの数回で済んだし。当然に団体展も参加してないので、画家たちとの
交流もない。

とにかくほおって置いてくれという性格でも、さほど不自由なく画家を続け
られたことに、なんという幸運な人生かと感謝しながら、今年も繪を描きな
がらの日々なのだろう、

でも、家内に会いたいな、早く迎えに来て欲しいんだが。

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# by eichi_wata | 2017-01-06 11:19
2016年 10月 29日
日日に疎し
ずいぶんこのブログもほったらかしになってしまった。
それでもPCアクセス、PC訪問者数が毎日3名から20名の数が出ている。
五六名は推測できるが、20名となると、どなたであろうか。
ありがたいことだ。

山形の画廊恵埜(よしの)画廊から展覧会の依頼で
9月から10月にかけて20号を二つ、久々に集中して描いた。
パンツ絵のうえに20号の大きさでは、売れないだろうな。
画廊には迷惑だったろうな、申し訳ないことをした。
絵自体は自分では結構気に入っているのだが、
でも、パンツ繪はこの二点でおしまいにしても良いかな、少し飽きてきた。

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# by eichi_wata | 2016-10-29 09:22
2016年 08月 28日
今でもLeicaM8
来春の個展が中止になって、良かった、よかったと、
先月から今月にかけて旅行ばかりしていた。
とても若い友人たちと葉山、長者ヶ崎海岸まで海水浴にまで
行ってしまった。
それと念願の熊本の書店、橙(だいだい)書店に行ってみた。

以前のDIGILUX2 も多少そうだったんだが、
このライカM8は、なお一層不思議な色調を出すなと思う、
最近主流のCMOSではなくコダック製のCCDのせいなんだろうか?
フイルムらしい、もやとした多少濁った色調がライカM8の最大の特徴だろうか。
この色調とぼやとした写りのロモレンズ、、、、

フイルムカメラの面倒さが無ければM3が一番好きなカメラなんだが、
今はやはりデジカメの時代なんで、このカメラとロモレンズの組み合わせが僕にとって
一番理想のトイカメラになるのであろうか。

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# by eichi_wata | 2016-08-28 09:40
2016年 07月 15日
究極のトイカメラ
昔からトイカメラが好きで、いろいろトイカメラ、トイデジカメを使ったんだが、
写りは面白いんだがトイカメラにちゃんとしたカメラを求めるのも変なんだが、
すぐこわれたりして、どうも肝心な時失敗するので、確かな写りのトイカメラを
まあ、ずーーと状態だったんだが、結局ここしばらくはiPod touchなのかなと
思っていたのだが、
先日気まぐれでフルサイズのデジカメを買っていろいろレンズを
交換して遊んでみたのだが、んーーーーん。カメラだった。
やはりiPod touchでいいやだった。

そんな中でおもちゃカメラと言えばロモカメラというほど大人気のフイルムカメラが
あるんだが、そのカメラのレンズ部分だけをライカカメラに着けられるようにした
ロモレンズの広告を偶然見つけて、あら、これはと、忘れていたトイカメラ愛に
また火が付いてしまった。
Lomo

十年程度まえかな、レンズ改造にはまったことがあったんだ。
これは何をするかと言えば、ロシアレンズなどの安いライカレンズを買ってきては
そのレンズをばらして、レンズ玉を外して、ピントを合わせる役目のヘリコイドだけを
使い、そのレンズ玉の部分に、僕がやったのはトイレンズのレンズ玉をはめたものなんだが。
四個程度作ったかな?
写るんですのレンズとか、ロモレンズとか、スメナも使ってみたがこれは40ミリでなかなか
ヘリコイドに合わないので止めてしまったが。
そんなのをフイルムカメラのライカに着けては遊んでいたんだが。
やはり同じような改造レンズを実はほしい人が多いらしく先ほどのLomoレンズはちゃんとした製品を
新しく出したという訳なんだ。

これなら買ったままほとんど使っていないM8もトイカメラになるかしらんと、
以前のこのM8には似たようなレンズMS-Optical PERAR 28mm f4をつけては
遊んだんだが、これは、まあとても良く映るレンズで、それはそれで魅力的なんだが、
さすがにこれは写りすぎで、トイカメラにはならなかったが。

そのLomoレンズにふさわしいデジカメは何だろうと、トイカメラファンは各自夢を描いて
究極のおもちゃカメラを首にぶら下げて旅に出ることを夢想するわけだ。

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# by eichi_wata | 2016-07-15 08:41
2015年 12月 06日
野間傳治に再会した旅
約二週間のふらふら旅から戻った。

僕の先生の野間傳治は正直なことを書いてしまうと画家としてなかなか
これといった代表作をちゃんと言えない微妙な仕事を続けた人で、でした。
野間桂子さん、銅版画家、もう誰も知らないのだろうな?
野間傳治さんもしばらくするとそうなってしまうのかな?
1950年台に東京芸大を出てすぐにフランス留学、次にフルブライト留学生として
ボストンの大学で版画を学んできた新進気鋭の作家だったんだが。
どうしてなんだろうか?あんなにせっせと仕事をしていたのに。
僕も含めて殆どの作家ってこんなものなんだろうな。

弟子としてしばらく側で見ていた者として、フランスのヘイター教室にいたころ始めた
とてもカラフルで抒情的な抽象を続けてほしかったし、またあの仕事の先を見たかった。
また30代の頃に九州のとある美術大学の先生の話が来た時も抽象を続ける良いきっかけ
だったと思ったんだが、父親、野間仁根が強く反対したと先生から聞いた。
そして、40台になると急にビュランで具象を始めたんだが、なんでビュランで具象なの?
先生どうしたの。抽象の仕事はどうしたの?え、え、。裸婦と動物????
このころから僕も連絡も取らなくなってしまったんだが。

僕が少なくとも画家に成れたのは先生のおがげなことでもあるんだ。
二十歳の時に先生の工房で君はビュランとデューラーの版画集を渡して
これを集中してやりなさいと言われたのが、そもそもの始まりで、
そんな恩のある先生に何かと不義理をしていまったという思いが
亡くなって十年にもなった今でも強くあって、もう少し連絡をとってれば
良かった、、、、

なにか急に道後温泉に行きたくなり、思いついたその夜の夜行バスに乗って
道後温泉に行ったんだが。
どうせなら、前々から思っていた先生の父親、野間仁根の生まれた島の今治の
大島に寄ろうと思い立ち行くことにしたんだ。
仁根さんの家は島でも塩田を一手に扱っていたとても大きな庄屋さんだったようで、
仁根さんが戦前にフランスに行けたのもその財力があったんだろうな。
また仁根さんが亡くなった時も先生は土地の相続その他でいろいろ大変だったようだ。
そんな話をずいぶん前に聞いていたので、初めて行ってみようかと軽く思ったんだ。

で、バス停留所の前の役所に飛び込んで野間仁根さんの旧宅の事を聞いたら、
偶然に職員の武田直子さんと出会って、武田さんは僕が画家であることも
野間傳治の弟子であることも当然知らず、野間仁根の旧宅を見たいといっただけで、
親切にも案内してくれ、どうせなら、少し離れているんだが野間仁根の繪が飾ってある
郷土資料館でも見ますかと、その資料館になにげなく案内してくれたんだが、
そこで、あああ、なんと笑顔の先生の写真が僕を待っていた。

それは島での野間傳治の初めての展覧会が四日前に始まったばかりの中に
偶然に出くわした形なんだが、いやこれは単なる偶然とはでなく、
十年前に亡くなった先生が絶対に展覧会に僕を呼んだのだ。
こんなとき、こんな形で再会するとは、、、、たまらず泣いてしまった。

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# by eichi_wata | 2015-12-06 14:09