2017年 05月 25日
目下明るい絵に脱皮中
まだ迷走中。でも絵は固まりつつある。

僕の場合は絵を考えるときどうも題名のような大枠を決めてから絵を
始める作り方をしているたちのようで、その大枠の中の素材を
描ききると、その世界が広がるとか深くなるとかは興味が無いので
深くしようとは努力せず素材が枯渇してしまい絵が定型化に陥って
しまいだすと飽きてしまう。
番外編的な少女パンツ絵がかなり続くかと思ったのだがこれはモデルの
Tさんが郷里に帰ってしまったので、新しい子にお願いしたのだが
どうもその子たちのパンツには興味が続かなかったようで。
そんなわけで、次の大枠になるテーマの題名を考えているのだが
それで迷走している。一応漠然とダンスかなと考えているのだが。

久しく出なかったんだが、OB会はあったんだが。
東京理科大学の映画研究部のOB会の案内が来た。
OB会といっても僕ら上下4年間の連中で部員の中でも当時
とてもまめに会った連中がいて、大体10人程度はいたのかな?
その中で中退が5人もいて理科大は中退が多いと言われていたのだが
映画研究部は多すぎたようだ。

51年前東京理科大は向かいの法政大学ほど激しくはないものの
一応学園封鎖をやって、中核に属していたのかな?よくわからない。
一学年でまだよくわからない中、ポチョムキンが大好きな部長の蔵原さんに
絵がうまいというので看板を何枚か描かされたのだが、
でも途中でばかばかしくなり大学にも行かず、とにかく暇で画廊回りを
していたら池田満寿夫の初期銅版画を見てその絵と強烈な題名にショックをうけ、
その足で文房堂に行き銅版画キットと富岡多恵子の詩集を買ったのが
銅版画を始めたきっかけで、それが結局僕の大学生活は終わりになった。
でなかったら大学をちゃんと卒業して父の働いていた銀行に
入っていたかも知れない。
それから三年ばかりで僕はプロの銅版画家になれたのだったが。

これは学園闘争を考えた連中に感謝しなければいけないのかしら?
秋田明大さんはお元気かしら?
OB会の先輩の蔵原輝人さんは亡くなってしまった。物静かな上品な
風貌で、結婚式のパーティーに呼ばれて皆で行った事があった。
有名な舞台俳優が沢山来ていた。

ともかく、そのころの大学のOB会が湯河原温泉で何年ぶりに集まろうかと
なった訳です。
以前にも箱根に何回か行ったことがあったのだが、僕は20年ぶりかな?
四国からと富山からわざわざ来るのでそれはそれはと
老人たちのあまりの老け方に、さぞ大騒ぎになるのでしょう。




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by eichi_wata | 2017-05-25 03:58


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