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2012年 05月 20日
![]() Linuxです。 LinuxはずーーーーとOSとして使ってたわけじゃないが 最初使ってからまあ、まあ、長い。 80年台後半か90年代はじめのころにMinixをやっていた時に、 アンドリュー・タネンバウム先生と喧嘩したリーナス・トーバルズが 作ったうんぬんの記事を読んで 90年代後半に入れたのが初めてだったような。 もちろんそのころカーネルとコマンド、ターミナル、 そして簡単なエデッターしかなかったんだが。 それから、FreeBSDに深入りしてしまい、ずーーとBSDだったんだが、 それが、今のパソコンになってから、BSDをハードデスクに入れられなく、 どうもいろいろと粘りがなく調べるのも面倒で、BSDは遊ぶには 面白いが、何かをやろうとすると、正直いろいろ不便で、 一番困ったのがPhotoshopからの直接の印刷が出来なく、 印刷の時だけWindowsになっているような変な有様で、 それにFreeBSDでも結局Linux用のドライバーを使うなら、 素のLinuxの方が理にかなうので落ち着いたんだが。 今はCrunchBangをつかっているんだ。とてもシンプルで速く、とても良い。 実はPhotoshopが500Mbを越す大きなデーターを保存する時間が Windowsよりも圧倒的に早いので、Windowsを使わない一番の 理由なんだが。 Windowd7の32ビットバージョンでは2分程度かかるんだが 64ビットバージョンでは1分半程度かな? それがLinuxでは40秒程度。 iTunesがwineで使えるともう最強なんだが。 たぶん、この三台目のiPod。このiPodもおっつけ早いうちに壊れるだろうから、 そのときは音楽データーはフォルダーに放り込むシステムでの 別な機種にするから、その時はこのiTunesもどうでも良くなるんだが。 そうしたら、念願のWindowsから完全に足を洗える。 (iPodにLinxから音楽を入れられるか色々といじってみたんだが、 この新しいiOSのtouchはどうもうまくいかなかった。 時間が空いたらまたやってみるが、調べたがどうもだめそうだ。) いろいろ書こうと思ったが、繪が気になるんで中止 上の使用%画像だが、 これをみた記事では哀しきLinux使いとあったが、 いや、これはぜんぜん悲しくはないよ。といったことなんだが。 なにせ一番最初にLinuxのフロッピーを回した同好会の人数が全国で 50人だった頃から思えばもう、すごく偉い人数だ。 インターネットが使えてもとてもおそかった時代に、二ヶ月ぐらいかけて 60枚近くのフロッピーを回覧したことも今では懐かしい思い出だ。 みなさんお元気だろうか? ![]() # by eichi_wata | 2012-05-20 11:21
2012年 05月 16日
2012年 05月 10日
いちいち自分の繪の報告をすることも無いんだが、 日々考えることは夕餉の魚と今日一日の音楽と繪しかないんでお許しを。 変更、残念だが、左下の兎君は削除になった。 またの登場をと書いて、消す準備をしたがはて、待てよと呼ぶ声が、、、、、、、、、、 前後の下図を並べてみると、あれ? テーマとして少年を主人公にしてしまうのか、それともこの兎君を 入れて三人マージャン的な錯綜した混乱でおいとくのかなんだと思う。 そんなで言えばこれはこれでへんな面白さで別に悪くないと思えてきた。 よって、変更は中止。。。。。 そうだな、変更すると良い結果にあまりならないな、今までも。 大体において、この変更の意図は 結局は単に描きたい、意味なく入れたいという繪的でないそのときの自分の気分を 出したいという欲望と、 繪をバランスよくまとめたいという打算とのせめぎあいからおきてくるんだ。 そして、出来ればこれからいつまでも混乱の真っ只中に僕の繪をおきたい。 そんなことよりも、やはりこの変な兎君は登場してもらうことにした。 ![]() # by eichi_wata | 2012-05-10 10:09
2012年 05月 09日
とにかく繪です。 少年が出来た。 なかなかめんこい少年が出来た。 本当はめんこい自分がが出来たと書きたいんだが、、、、、 まあ、、、、、 さて、これが決まらないで、ああでもない、こうでもないと ふらふらしながら描いていくと最後まで行く気力が大違いで、 今回は上手くいきそうで、一安心。 ![]() # by eichi_wata | 2012-05-09 21:16
2012年 05月 08日
大学の研究室に預けてあったデジカメが戻ってきた。 LEICA DIGILUX2 だいぶ昔のデジカメになってしまった。もう八年も経つ。 デザインが良いんだがいかんせん大きい。 もう一回り小さいと、、、 特徴はレンズが良いことと、F2で明るいことぐらいだ。 イメージ画素子が小さいのでその特徴を生かせなかったんだが。 今となっては500万画素子のごく普通のデジカメなんだが、 だいぶ思いいれが入っているせいか、どこか写りが柔らかい。 以前はどこに行くにもこのカメラだったんだが、今はもうこんな重いカメラを 持って街をふらふらと歩くことがまったくなくなってしまった、 ![]() ![]() ![]() # by eichi_wata | 2012-05-08 13:32
2012年 05月 06日
鹿島のコーチから来た監督、奥野僚右、 昨年とほとんど選手は変わっていないのに 長谷川悠が抜けたんだ、、、そうだ、 でも監督がよかったんだろうな。 モンテディオ山形、、首位。 前の小林監督の四年間の教育なのか、守備がずいぶん 堅実になったようで、失点がだいぶ減った。 と、いっても13試合で12失点だから、微妙だが、 勝ってもずーと1点差で、やはり長谷川が抜けた影響かな? たくさん点は取れない、守備だけでは夏を乗り切るには大変だ。 山崎雅人と、新加入の萬代宏樹にがんばってもらいたい。 仙台から来た中島裕希、、、J2仙台時代140試合で29点の 成績、、守備も強いという、すごい選手が来たと喜んだんだが、、、 どうもJ1に上がると????はてなの不思議な選手で。 とにかく、もう少しがんばってね。ふけるには早いから。 所で山形でのもっぱらのうわさででは Jリーグでモンテディオ山形の食事が一番良いんそうな。 JA山形と、平田牧場がスポンサーで、、牛肉と米と果物が 食べ放題とか、、、、うわさだけでなければいいんだが。、 ![]() # by eichi_wata | 2012-05-06 21:05
2012年 05月 04日
結局旅行前に取り掛かっていた繪は途中で中止、 新たに取り掛かる事にした。 いろいろ、いろいろ変化したが、本日決定。 <少年王國><イメージはわれわれのことばの新しい存在となる。> 今度はどうだろうか?ちょっとわかりやすくなってしまったかな? ただ、どう書けばいいだろうか?まあ、いいや。これは繪というイメージなんだ。 そして、僕の夢想をイメージ化したものなんだ。 が、しかし、やはり僕の夢想は古臭い。 ![]() # by eichi_wata | 2012-05-04 19:10
2012年 04月 24日
旅行から戻った今回も体調がどうも悪い。 夜中、足のくるぶしが急な激痛で飛び起きた。 通風かなと思うんだが。 足首にも通風が出るとは知らなかった。 注意すればよかったんだが、ほとんど食べない肉類を 今回は結構食べてしまった。 それに、朝から生ビール、昼も生ビール、、夕方も、、、夜も 今朝の食前血糖値が168、、、、、、、さすがにこれはダメでしょう。 さて繪の話。 神田日勝 やはり、彼の次の仕事が見たかった。 繪は亡くなった後でも残っているからいつ見ても同じと考える部分が大きいと 思うだろうが、大いに違うんだと思うんだ。 あの人と同時代に生きれた事が、アートとか音楽とかでの一番の幸福なんだと 思っているんだ。 たとえばビートルズの熱狂を知っているよとか。 池田満寿夫の最高にかっこよいビート感のドライポイント時代を知っているとか。 そんな意味で、たとえばの話しなんだが、過去のフェルメールを最高と言う人は 信じないんだ。そんなのはもう、過去の人のお墓研究家と同じで、どんなに 美しい言葉とか、人生の本質的な言葉で語ろうとアートの持つ馬鹿馬鹿しい 一瞬のむなしさとかせつなさとのアートの一番大事な核をみていないんだと 思っている。 <あなたはまだ実感ないだろうけど、人に会えるのはね、生きている間だけだよ> 伊坂幸太郎 ![]() # by eichi_wata | 2012-04-24 11:08
2012年 04月 23日
そんな、こんなの長い間の謎を巡る一週間でした。 さて北海道出身の画家で知られている作家は 三岸好太郎でしょうか、でも僕にとっては神田日勝。 その彼の繪を見るために今回は二箇所の美術館を回りました。 帯広から一時間の鹿追町にある彼の記念館、そして札幌の近代美術館。 特にこの近代美術館で幸いにも収蔵作品展で彼の作品が出品していたので、 見れて良かったです。 ともかく北海道の繪といえば、僕にとっては、この神田日勝の繪です。 ![]() この繪が彼の一番な代表作です。 彼が他にどんな繪を描いていたとか、どんな生き方をしていたとかは、 正直関心があまり無く、関心は、昔、雑誌で見たこの繪だけだったんだ。 実は30年来の念願で、見ました。なかなか素敵でした。 長い間この繪に確認したかった疑問がひとつあって、 それは、新聞紙の文字をどこまで描いているかと言う瑣末な事で、 驚いたのは当時新聞紙を部屋に貼ることが実は 寒さ対策で日常であったそうで、驚かすために 新聞を描いたわけではなかった、ことですね。 彼の日常、そしてそのときの彼の気分などが、 ここにすべて描ききった、という事でしょうか。 この繪は彼が32歳の時です。 今元気ならば僕より10歳上なので、今でしたら75歳。 この年1970年の6月に完成して、その翌月亡くなるのですね。 32歳8ヶ月、 彼の戒名が彼の生き方のすべてを表しているのではないでしょうか。 <晴耕院画道日勝居士> もし、があったなら、もう少し長生きしてこんな繪をもっと描いて欲しかったな。 その、どこまでの大きさでの文字が書いてあったか?書きません。 # by eichi_wata | 2012-04-23 09:00
2012年 04月 09日
一昨日友人からCDを送って頂いた。 いつもありがとうございます。 彼の古くからの友人が<オーパス蔵>という 主に古いSPからCDを作る会社を作っておられて 以前にも幾枚か頂いたのであるが 今回はとても珍しく、オーパス蔵十周年記念で新録音に挑戦、 それが <ホミリウス:ヨハネ受難曲> 少しずつ聞き出しました。 ところで三島の展覧会の話はどうも取りやめになったようで 残念でした。 ![]() # by eichi_wata | 2012-04-09 10:47
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