2017年 11月 21日
雑記
目下来月のミニヨン展で4号をいくつか製作中。

もう来春の企画展の依頼が届いた。
テーマが<富士山と桜>。
はて何故に僕かしら?

大分、大昔まだ美術家連盟に入っていたころ、
連盟で版画集を出そうとなって二十名の版画家に選ばれた事があり、
その版画集の題名が現代版画家による<富士山>であった。

殆どの方は富士山を描いたのだったが、僕と小林ドンゲさんは
人物に富士の絵をあしらったものだった。

今回も富士山や桜の木を別に描きたくないので違ったものが
出来上がるかと思っているのだが。

なんか出来れば秋田蘭画、小田野直武が描きたかった気分を絵に
託してみたいのだが。
(そういえば角館に直武の墓に行ったのは何年前になるのだろうか?
随分と墓とは言えないような小さな墓だった。)

200年前の司馬江漢も小田野直武も現代の僕たちも基本的に
西洋画を定かでない幹、幹もあるのかも分からない根幹のない部分に
接ぎ木をしているような気分は今でも変わらない、
今の若い方々はそんなことないんだろうけど。


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# by eichi_wata | 2017-11-21 09:22
2017年 11月 14日
雑記
山形への小作品三点描いたら今度は来月の小品展の
作品の締め切りが迫って来ていた。
恥ずかしいような超具象な絵をてらいもなく描いてみた。
こういった僕のふらふらした気まぐれで馬鹿馬鹿しい絵を描いている身にとって
ちゃんとした超写実絵を数点描くのはさほど大変ではないのだが、
この事を一生続ける事の大変さはいかばかりかと思う。

札幌のSさん
ちゃんと約束のお顔を描いてみたよ。
こんなで良いかな?
別にまた、腕によりをかけて描いて今度はちゃんと送りますね。

あれからKapital、
昨年、神戸と先週名古屋に行ったよ。

新しいモデルの子の紹介のお礼に、面白い網込み模様のセーターと
厚手の手の骨の刺繍が入っている手袋を選んできたので送りました。
たぶん気に入るよ。

小説<あこがれ>やっと読みました。
笑って教えてくれなかったへガティの意味もわかりました。
小説としては<ヘブン>の方が大好きだけれどという意味も
何となく分かりました。
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# by eichi_wata | 2017-11-14 10:30
2017年 10月 25日
雑記
前回
七十歳になって二十歳の尻を白日の下まじまじと見る事の馬鹿馬鹿しい
シュールさ。
と書いたのだが。所で今シュルレアリストなどの言葉通用するのだろうか?

二十歳前後、全学連、全共闘には染まらなかったがシュルレアリスムには
どっぷりと浸かってしまった。
そして、そんな美術学校にも行ってない自分が、将来どうなるのか分から
ないまでも、絵を描ける間だけでも、ブランショの二つの定義を指針
として絵を描いて行こうかなと当時は考えたのだった。
<シュルレアリストは、世界を忘れ、光を追い払うために、目を閉じたままでいる。
彼はもはや夢に対してしか眼差しをもたない。>
<もはや流派は存在しないが、ある精神状態は存続している、、、、、、
変化は大きく、時代もかわる。
だが要するに、シュルレアリスムは至る所に存在する。それは幽霊であり、
芸術につきまとってはなれない輝かしい亡霊なのだ。>

幸い今まで画家であり続けたけれどしかし、どんどん昔の事は忘れていく。
大事なことも忘れていく。

先日デュシャンの便器の呪い、つまり、デュシャン以降、何を見ても
思いがけない場所にある違和感<デペイズマン>に見えてしまうデュシャン的
亡霊の<わ!驚いた>の時代から今世紀になってアートは次の光をやっと
見つけ出したという文を読んだばかりだ。
それは自己とか自我を社会的な結び目から検証しようぜ的な内容だったが。
しかし、亡霊と戦うにはこれでは牧歌的すぎる。敗戦確定だろう。

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# by eichi_wata | 2017-10-25 08:23
2017年 10月 12日
日常の物で夢を語るにはどうすれば良いのだろうか?
昨日は帝国ホテルで日動画廊の90周年記念パーティーであった。
ずいぶん盛況な集まりであった。
最初に何も分からず場違いな感じで出席したのが45周年の時であったから、
それからずいぶん経ってしまった。
相変わらず場違い感にはなじめず早々に退散する。
せっかくなのでホテル地下の寿司屋で酒を飲んで大船に戻る。

藤島武二の図録にも必ず載るっと言ってよいほどの代表作が
商品として会場に掛けられていた。
顛末を伺ったが、個人蔵から個人蔵に移ったらしい。
このような高い絵の景気はすこぶる良いそうで、
眠っていた絵がこのところ随分出て来て、それらがまた
しっかりと収められていくらしい。
もう日本の美術館には予算がないのだ。
今は名のある物故作家の作品は確実な投資になっているのだろうか、
まるで縁遠い遥か彼方で世の中は動いている。

話は変わり今年一番の嬉しい話。
どなたか画学生をモデルへと以前から、お願いしていたらある女子学生が
来てくれる事になった。
以前のモデルの札幌に帰ってしまったSさんが大学の後輩に頼んでくれた。
驚くほどの美人だ。

七十歳になって二十歳の尻を白日の下まじまじと見る事の馬鹿馬鹿しい
シュールさ。

さて、かってそれぞれに自死を選んでしまった四人の友人諸兄、
間違ったとは言えないが、長生きして思ったことは世の中不思議さと
祝祭に満ち溢れていた。
案外この世は悲観する必要もなく楽しい夢でもあったよ。

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# by eichi_wata | 2017-10-12 12:31
2017年 10月 05日
ハイ、芝居は終わったよ
あーー暇だと書いていたら、風邪を引いてしまっていた。
左程高い熱ではないのだが、軽い熱と喉のはれ、そして咳が止まらない。
もう一週間になるのだろうか。今回はどこか長い。
風邪をうつしてはいけないのでホームの母にデザートを持っていけない。

冷蔵庫の食べ物も無くなってきて、脳梗塞と糖尿の薬もなくなってきた。
大事なビールが切れた。買い置きしても缶ビールはすぐまずくなる。
主食の豆腐も切れた。
今あるのは、インスタントラーメン、チンするごはん、切り餅、揖保乃糸
乾蕎麦。これらは糖質ばっかりで、いつもはほとんど食べない。
納豆、卵、蒲鉾、茗荷、焼きのり、鰹節、6Pチーズ、バター、
数本のウイスキー。

まあそのうち風邪も治るだろうし、
そうなったら母に白桃の瓶詰を買って持っていかねば、まっているだろう。

これから数年経てばこんな買い物すらままならない日々が日常化するのだろうか。
これらも無くなって初めてわかると言う事なのか。
実は二、三年前の何でもない家族三人の普通の穏やかな生活は実はもう取り返しの
出来ない夢のような日々であったという事だった。

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# by eichi_wata | 2017-10-05 09:30
2017年 09月 06日
雑感
よく初めての方とお会いして、単なる挨拶なだろうが最後に良い絵を描いて
くださいと、何かよくわからない言葉を貰うのだが、
いまだに、その良い絵とは分からない。好きな絵はあるのだが、
でもなぜ好きなのか、そうなるとその絵も分からない。

前にも書いたのだが、展覧会の依頼があって渡すとき二、三点
描いていた状況でどれか一点となった時、今までは家内に選んで
貰っていたんだが、そうしたとき僕は非パンツの絵を選ぶんだが
家内は大体パンツを選んだ。

それで家内もいなくなったので困っているのだが、今回の絵で
二点出来上がって画廊の企画の方に恥ずかしながらどっちか選んで
呉れないとお願いしたら、パンツ絵を選んでくれた。

それはどういった事なのか良く分からない。

多分基本的になにも分からないのかもしれない。
昔から分からなかったんだろうけどどこか分かると思っていただけなの
かもしれないと今になって思う。
何を書こうとしているのかもよく分からない。

先週瀬戸内に行ってきたのだが、瀬戸内は、はもがそろそろ終わりで、
てんぷらは食せたが、例年頂く鱧と雲丹は終わっていた。

同居の義母が鱧のてんぷらが好きで良く鱧の切り身を買って
来たのだが、いかんせん大船では鱧は高く、たくさん買うことは
出来ず、鱧は母用で僕たち夫婦は穴子にしていた。
食べ比べてみると確かに鱧の方が、
その義母は今は歩いて5,6分の近くのホームに入って、
夏は桃が大好きで、半分程度剥いてもっていくのだが、
出来れば毎日行けばよいのだろうが、でも出来るだけ
持っていくことにしている。
同居していた時はさほど仲が良かったとは言えないが、
それでも40年近く一緒に暮らしていればもう実質本当の母と言っても良く
どうか来年も元気よく桃が食べれる状態であればと思いながら、
今年、何個目かの桃を剥いている間に、桃の季節も終わってきていた。

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# by eichi_wata | 2017-09-06 11:13
2017年 08月 31日
目下の話
25日締め切り31日撮影という展覧会の依頼の絵を
一応下左側の作品描いていたのだが、どうも出来上がって見ると
いまいち気持ちが入りこまず絵も穏やかになってしまった。
そこで途中までの下右の作品を引っ張りだしては加筆している状況
なんだが、ただパンツ絵なのでどうなんだろうか?
僕が決める事なんだが。
出来としては右のほうが僕らしいなと思いながら描いている。
でもどっち出そうかな?正直言えば右を出したいんだが、
図録を作るというのでパンツ姿ではちょっと躊躇してしまう。
結局左を出してしまうかも知れないな。気が弱いんだ。

そうしたら、昨日、右のアバウトの骸骨少年と少女の絵をみたいという
物好きな御仁がおって画廊を通して見せてくれないかとの依頼を受けたのだが、
これは未完で、大体十日辺りまで描いて見せてくれないかとの話で
良いですよと受けてしまった。

何気なく今年は正月から依頼が途切れることなく続いている。
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# by eichi_wata | 2017-08-31 09:40
2017年 08月 11日
もう八月の十一日になってしまった。
日々変化もなく、特に書くことも無いのだが、
ただ時間ばかり過ぎてしまう。
今月締め切りの絵はまだできていない。

ボルヘスの講演集の中から<仏教>を読んでいる。
自分の頭なのか、訳なのか内容なのか反芻しているのだが所々
意味がつかめない。

珍しく昔の銅版画の作品の出品することになりました。
昔、1970年から日動画廊で版画グランプリ展というコンクールが
ありまして、もうなくなってしまったのだが、何年続いたのだろうか?
二十年あまりは続いたのかな?

その展覧会の出品者に当時の作品と現在の作品とを持ち寄って
展覧会を開いたらどうかしらと、中林忠良先生が画廊に声を掛
けられて実現したとの事です。
僕はもう現在は版画作品を作っていないので、最後の頃の作品を
出すことにしました。

恥ずかしいような、誇りたいような、
こんなのしか作れなかった自分に後悔しているような、
まあそんなもんだよ日本でビュラン作家になるという事はと、
先生の野間傳治に励ましてもらっていた30年前の作品です。

このコンクールから47年。
あっという間でもあったし、ずいぶん長かったとも言える。

今はもうなかば痴呆世界で絵以前に日々何をやれば良いのかも
あいまいな状態なのだが、過去の作品を懐かしく思うことでしか
自分を確認できないのは時のもつ残酷さというものであろうか、

まあ、相対的に言えば、このコンクールから今まで夢を織り続けるという
僕の人生の目的を続けられた事に感謝しかない。
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# by eichi_wata | 2017-08-11 09:36
2017年 07月 31日
雑記
以前、結構長い間秋の企画展として日動展というのが
あって、依頼が来ていたのだが、
あれ、何時からだろうか、それが無くなって、夏の暑い
時期無理して絵を描かなくとも良かったのだが、どういった事情か
分からないんだが今年また開くとの依頼が来たのだが、

僕の仕事場、クーラーが無く窓を開けっぱなしで、それこそとても他人には
見せられない姿で絵を描かねばならないんだが、
幸いなことに高台にあり、窓も多く、風が結構通るのでまあクーラーが無くとも
何とかなるのだが、そうは言ってもやはり西日時は暑い。
もっとも西日の時にはもう下のクーラーの部屋でビールタイムなんだが。

また、どうしようもない話になってしまうのだが、目がすぐしょぼしょぼして
本を長く読めなくなってしまった。明るい光の下でならまだ大丈夫なんだが、
夜、床に入りながら紙の本を読もうとしても文字が霞んでいけない。
老化が進むと本が読めなくなるという記事を読んではいたのだが、
もう来たのかと驚く。

コントラストの違いだろうか、iPadでKindle本ならまだ大丈夫なので、もっぱら
今はKindle本にしているのだが。やはり本の数が少ないんだが、
もっとも熱心に新刊とかを読む気もすでに無くなったのだが、

今は数冊程度をiPadに入れて繰り返し読むことにしている。
最後は<細雪>とボルヘスの<伝記集>があれば良いかな?

明日から高村薫の合田刑事の小説が毎日で始まる。分厚い老眼鏡を用意して
待っている。とても楽しみだ。


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# by eichi_wata | 2017-07-31 12:33
2017年 07月 14日
昨日も暑かった。
見たい作家の個展が秋葉原の、元中学校の校舎を改造して
元ある教室を壁でかこったりして今は幾つかのギャラリーとして
使っている所に見に行ってきたのだが。

作品はなかなか面白かった、
色感も面白く、自立した内容もしっかりとあるので、
どうか面白い絵をとにかくたくさん描いて、末永く続けて欲しい。

写真を写したかったのだが、ギャラリーストーカーに
思われるのも嫌なので、静かに退散した。

でも東京は暑かった。
最近貧血がすごく、昨日も歩道で あ、まずいと思いながら
くたくたと、へたり込んでしまった。
偶然に通りかかった、お二方に日陰に運んでもらい、しばらくして
戻ったのだが。
お礼も言えなかった。でもみんな親切だ。

家内も良く外で貧血を起こし、病院に運ばれては
電話があり、何度か迎えに行った事があった。
昨年の一月に道で倒れた時は病院から心不全を起こしており
急きょ手術を行います、許可願いますの電話がいきなり来た。

僕が倒れても迎えに来てくれる人はいないんだなと
考えながら調子が戻るのを待っていた。

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# by eichi_wata | 2017-07-14 11:13